審判候補関連記事② 田中部長より|山田健太助監督の退任に寄せて 2021.05.20

広報部会より
田中部長より、山田元助監督(H7年卒)が審判に転身されるにあたり、これに至るまでの感謝としてメッセージを頂きました。
その際、OB・OGに向けたメッセージが含まれること、ユニコーンズネットにて掲載して欲しい旨の依頼を受けましたので、今回、ご紹介をさせて頂きます。
ご一読ください。

私が2019年4月に部長へ就任したときに、山田健太さん(以下、健太さん)は真っ先にメールを下さいました。
健太さんの中等部からの同級生が、私の医学部での仲の良い同級生でもあったことから、それをネタにはじまったメールで、最後は今後ともよろしくという内容でしめられていました。
そのメールの内容の通り、本当に密度の高い生活を健太さんと共に送らせてもらいました。

2019年の夏から2019年の10月までは、久保田前監督、健太さん、木村助監督と共に考え、実行し、反省し、を繰り返しました。
特に、塾から要請の高かった女性部員のケアを両助監督に任せていましたが、年上の男性としてやれることに限りがあることを承知の上で、二人はベストを尽くされたと思います。
いよいよ部に処分が下るという苦しい時に、ギリギリまで方策を考えて、私に寄り添って下さったことを昨日のように思い出します。
本当に有り難かったです。

2019年10月からは、健太さんが監督代行となり、自粛中のチームを支えました。
代行という立場は中途半端な立場であり、次期監督までのつなぎでしかありません。
健太さんはその立場を承知した上で引き受け、立場ある人間として代行を務め、自分を殺して、チームのために貢献されました。
ご父兄への対応も丁寧に行って下さいました。

2020年3月からは前田監督体制となり、2021年度より助監督という役職はなくなり、一括して社会人スタッフになりました。
ですので、正確には今年度、健太さんは助監督ではないのですが、本文タイトルには”助監督”を使わせてもらっています。
健太さんが助監督としてあの事件に向き合い、共に乗り越えた貢献が私の心に刻まれているからです。

このたび、健太さんが部のスタッフから外れることになりました。
それは審判員になるからです。
(広報部注釈:チームスタッフは審判になれませんので、審判をやる以上、チームを離れなくてはなりません)
この健太さんの意思決定に驚きました。
48才までが審判員の登録期限ですから、48才の健太さんによる駆け込み登録です。
助監督として事件の対応に奔走してくれたこと、監督代行としてつなぎ役に徹したこと、審判員としてチーム存続に力を貸してくれること。
これらはすべて繋がった事象として私には映ります。

現在、アメリカンフットボール部は、人間としての成長を第一に掲げています。
人格を磨くと言っても様々ですが、健太さんのような利他の精神に溢れた人間性は一つの道標になりましょう。
どうか他のOBOGの方々も、健太さんに続いて審判員として登録され、安定的なチーム運営に協力していただきたいと思います。
そういったOBOGの献身は学生に必ず伝わります。
OBOGが審判員としてのみならず、多方面で活躍されることで、学生はアメリカンフットボール部に入って良かった、あんな先輩になりたいと夢を持つことでしょう。
この正のスパイラルは、学生の人間的成長を確実に助けます。

健太さんからは、
「私の方がチームよりも先に甲子園に行くかも知れません」
と挑発されました。
この挑戦状は、しかと前田監督に渡しておきます。
健太さんも関わって下さった再生プロジェクトを部員が一丸となって完遂させ、人格の上でも、競技の上でも、学生日本一のチームになって欲しいと心から思います。
健太さん、これからは審判員として、一人の先輩として、当部を挑発し続けて下さい。

助監督、ご苦労様でした。

部長 田中謙二