【清水利彦コラム】2020-2021 全米カレッジフットボール総まとめ 2021.02.18

清水利彦(S52年卒)
shimizu.toshihiko2@gmail.com

全米カレッジフットボールは1月中旬に全日程を終了しています。どんなシーズンだったか、総ざらいをしてみましょう。

今季のカレッジ界をひとことで表すならば、「コロナと、ニック・セイバンに翻弄された年」ということが出来るのではないでしょうか。

まず、コロナ禍の話ですが、米国中西部や西海岸では特に大きな打撃を受けました。例えば、PAC12リーグのカリフォルニア大学は、当初予定されていたレギュラーシーズン12試合のうち、実際におこなった試合は4つだけという有様でした。ポストシーズンには、マイナーボウルも含めてボウルゲーム42試合が予定されていましたが、うち15試合がキャンセルとなっています。

大学選手権決勝に進んだオハイオ州立大も、レギュラーシーズン12試合のうち6試合しか実施できておらず、「(アラバマ大は11試合やって全部勝っているのだから)このままオハイオ州立大が決勝で勝ったとしても、はたして全米王座に着く資格はあるのか」との議論も出ていたようです。

多数の死者が出る中でも、とにかくシーズンを終了させた様子を見て、「フットボールをあきらめるくらいなら、コロナにやられた方がマシ」というような米国人の心意気、フットボール愛を感じることは出来ます。それが正しいことかどうかは、また別の問題ですが。

 

カレッジでは、レギュラーシーズンでランキング4位までの4校が最後にトーナメントをおこなって全米王座を決める方式を採用しています。今季の結果は次の通りでした。

準決勝

アラバマ大 31-14 ノートルダム大

オハイオ州立大 49-28 クレムソン大

決勝

アラバマ大 52-24 オハイオ州立大

 

ニック・セイバン・ヘッドコーチ率いるアラバマ大の強さが際立っていました。13戦全勝のパーフェクトシーズンで、総得点630点(一試合平均48.5点)、総失点252点(19.4点)と他校を圧倒し、ぶっち切りの優勝だったため、「手に汗握る大接戦」が少なかったように思います。「過去12年間で6回目の全米王座」となってしまったため、あまりにもアラバマ大だけが勝ち過ぎてツマラない、と感じるのは筆者だけではないでしょう。

「アラバマ大のファンが、心から尊敬し愛しているコーチは、ポール・ベア・ブライアントだけである。それ以外の歴代コーチは、ただ寛大に扱われるだけだ。」とジーン・ストーリング(ブライアントと、ニック・セイバンの間で、唯一全米制覇経験のあるコーチ)が語っていたように、「アラバマ大と言えばポール・ベア・ブライアント」だったのですが、今季、ニック・セイバンがブライアントの優勝回数(6回)を抜いて、7回目のチャンピオンとなったのです。神様の域に入ってしまった、というか、もう既に、アラバマ大のフットボール・スタジアムの入り口付近には、ニック・セイバンの銅像が建てられているとのこと。

 

少し、ニック・セイバンについて述べてみましょう。

1951年10月生まれの69歳です。慶應ではS49卒竹内主将の代と同期に当たります。

祖父はクロアチア人で、米国に移民してきた家庭に育ちました。ニックは高校の時、QBとしてウエストバージニア州選手権で優勝経験がありますが、身長が168cmしかなく、メジャーな大学から注目される存在ではなかったようです。ケント州立大というあまり有名でないチームでDBをしていましたが、その時のヘッドコーチがドン・ジェームスでした。ドン・ジェームスはのちにワシントン大を率いてローズボウルを4回制覇する優秀なコーチです。卒業後、ケント州立大の大学院に進学していたニック・セイバンにジェームスが「私のアシスタントにならないか」と声を掛け、フットボール・コーチになることなど全く考えていなかったセイバンのコーチ人生が始まります。人生、何がきっかけで大きく変わってゆくかわからない、という典型のエピソードですね。

17年間に7つのチームをディフェンス・アシスタント・コーチとして渡り歩き、39歳でトレド大学のヘッドコーチに就任。その後ミシガン州立大学、ルイジアナ州立大学とステップアップしながら、それぞれのチームを劇的に強くしていきます。

2003年、ルイジアナ州立大就任4年目で初の全米王座獲得。2005年にはNFLマイアミ・ドルフィンズのヘッドコーチに迎えられますが、プロでは2年間で15勝17敗とさしたる戦績を上げていません。

ところがアラバマ大は、そんな彼に「8年間3200万ドル(約34億円)」という、当時NFLとカレッジ全てのコーチの中で最高額の破格な条件をオファーし、契約を結びます。アラバマと同じSECリーグのライバル、ルイジアナ州立大を率いていた時のニック・セイバンの手腕を非常に高く評価していたのでしょう。アラバマ大経営陣のコーチ評価眼に間違いはありませんでした。

2007年以来ニック・セイバンは14年間で165勝23敗(勝率.878)と圧倒的に勝ち続け、アラバマ大を6回全米王座に導いています。ルイジアナ州立大とアラバマ大、二つの大学で全米チャンピオンになったコーチは、セイバンが史上初めてです。

現在のセイバンの年収は930万ドル(約10億円)で、もちろんカレッジ・コーチとして最高額です。ちなみにNFLではペイトリオッツのビル・ベリチックの年収1250万ドル(約13億円)が最高。「高学歴・高身長・低収入」を自らのキャッチフレーズにしている筆者から見ると気の遠くなるような話ですね。笑

NFLのコーチが大金を手にするのは理解できるのですが、大学のコーチがそんな莫大な報酬を得るのは、「カレッジフットボールって、そんなに儲かるのか」という疑問を感じます。手弁当で毎週末グラウンドに足を運び、指導をしてくださるユニコーンズの歴代監督・コーチ陣に改めて感謝します!

 

盤石の黄金時代を築いているニック・セイバンにとって、最大の敵は69歳という彼の年齢でしょう。ポール・ベア・ブライアントは、ものすごくお爺さんになるまでコーチしていたという印象がありますが、引退したのは69歳の時で、引退発表から4週間後に心臓発作で死亡しています。ニック・セイバンは今まさに、その年齢に到達したのです。過去には既に「ニック・セイバン引退説」がささやかれたことがあり、「アラバマ大はダボ・スゥイニー(クレムソン大を常勝軍団に変え、全米制覇経験あり)を後継者として検討中」という噂を聞いたこともあります。塗り替えるべき記録をほとんど塗り替えてしまった今、ニック・セイバンは何を目指すのでしょうか。

※ニック・セイバンについての詳細や画像は、Google等で「Nick Saban」をご覧ください。

 

筆者の人生における夢(目標)は、「老人となって時間が出来たら、米国各地を訪れ、フットボールの大一番をいくつも観戦して、その模様をUnicorns Netで皆さんに伝える」ことであります。とりあえずの具体的目標として

  • ウイスコンシン州ランボーフィールドでの、グリーンベイ・パッカーズの試合観戦
  • インディアナ州サウスベンドでの、ノートルダム大の試合観戦
  • アラバマ州タスカルーサでの、アラバマ大の試合観戦

の3つを挙げています。コロナ禍によって、今季の夢は無残にも打ち砕かれてしまったのですが、いつかは夢を成し遂げたいと思っていますので、楽しみに待っていてください。

(続く)


 

「人生には2種類の苦しみがある。

ひとつは『規律やルールを守り、正しく生きることの苦しみ』であり、

もう一つは、『敗北の絶望感を味わう苦しみ』だ。

でも、もし君が、『規律やルールを守り、正しく生きることの苦しみ』を

克服することができるならば、

もう一つの苦しみは味わう必要がなくなる。」

 

ニック・セイバン(アラバマ大コーチ)