清水利彦(S52年卒)
shimizu.toshihiko2@gmail.com
先日、「NFLで一番コワイ顔をした男」というタイトルでジャック・ランバート物語を書きました。
今回は「NFLで一番地味なチームはどこか?」というテーマに挑戦してみます。
一番地味という極めて抽象的な表現で選ぶのですから、私の独断と偏見による選定であることは動かせません。ただし私なりに「地味なチームとは、どのようなチームを指すのか」という選定基準を設けてみました。
<筆者が決めた、地味なチームの定義>
- 勝利の歴史や、優勝の歴史を持っていない。
- 「伝説の名コーチ」と呼ばれる人物をチームから輩出していない。
- チームを代表する超有名スター選手の名前がなかなか思い浮かばない。
- ユニフォームやチームロゴのイメージが、いまいち定まらない。
そして私が選んだ「NFLで一番地味なチーム」はアトランタ・ファルコンズです。
本題に入る前に、アトランタ市の歴史と、ファルコンズの歴史について少し紐解いてみましょう。

アトランタ市の外観 出典:Wikipedia
ジョージア州アトランタ市の歴史
数千年前から、ジョージア州一帯には、チェロキー族などの先住民が点々と散らばって住んでいました。しかし1800年頃(アメリカ建国は1776年)からヨーロッパ人達が次々に入り込み、武力で劣る先住民は次第に追いやられていきます。1821年には「先住民退去法」というルールを勝手に作り、オクラホマ州等にあるインディアン居留地に先住民たちを押し込め、白人たちは広大な土地を無償で手に入れることになり、コットン農場等を作って大きな富を築きました。

ジョージア州地図 Savannahの港からAtlanta★までで400kmあります
当時、農業生産品や外国からの船荷は、ジョージア州の大西洋岸にあるサヴァナ(Savannah)の港から荷揚げされ、そこから河川の船便や馬車で五大湖周辺の大都市(シカゴ等)に運ぶという効率の悪い輸送をおこなっていました。
1836年、ジョージア州政府は「新たにWestern & Atlantic Railroadという鉄道会社を設立する。州北部のだだっ広い平原に、新しい町を築き、そこから北部や中西部の各都市に鉄道網を伸ばして、貨物輸送の一大拠点を州内に築き上げる。」という戦略構想を打ち立てます。新しい町は、サヴァナの北西400kmの内陸部に作られ、これが後にアトランタと呼ばれることになります。
この戦略構想が素晴らしかったため、アトランタ市はのちの経済発展の波に取り残されることなく、成長し続けることが出来たのです。
新しい町は最初「食堂1軒、鍛冶屋1軒、雑貨屋1軒、他には何もなし」という状態でした。町の名前は「マーサズビル」と名付けられましたが、これは当時の州知事の娘の名前がマーサであったため、知事の取り巻きが知事におべっかを使ったものと推測されます。(笑)鉄道網が敷かれ、汽車が運行を始めてからは町がどんどん発展してゆきました。
マーサズビルはわずか4年で、アトランタと改名されます。これはWestern & Atlantic Railroadという鉄道会社の社名に因んだものです。大西洋から400kmも離れている都市が、なぜAtlantaなのか不思議に思っていましたが、これで納得できました。

1864年のアトランタ市内風景「オークションにより黒人奴隷売ります」との看板がでています。 出典:Wikipedia
1861年から南北戦争が始まり、敗れた南部各州は大打撃を受けました。インフラはことごとく破壊され、土地は焼け野原となりました。特にコットン農場が大多数を占めていたアラバマ州やミシシッピ州は、その機能を完全に失いますが、アトランタ市だけは、さっさと鉄道線路を敷き直し、物資輸送網の拠点という立場を取り戻しました。「典型的な南部」と呼ばれる地域の中で、アトランタだけが経済発展を遂げたことになります。他の都市は長年に渡り、貧困にあえいでいたのです。
南北戦争前はわずか9千人ほどであったアトランタの人口はその後めざましく増え、現在は52万人。周辺人口を併わせると640万人となり、全米第6位の規模があります。
アトランタに拠点を置く有名企業もたくさんあります。コカ・コーラ、ホーム・デポ、デルタ航空、メルセデス・ベンツUSA、ダンキン・ドーナツ、UPS(United Postal Service)等々。
アトランタ・ファルコンズの歴史
ファルコンズの歴史を述べるためには、同市内の大リーグ野球チーム、アトランタ・ブレーブスについて知らねばなりません。
もともと北部ボストンの街に大リーグ球団が二つありました。一つがレッドソックス、もう一つはビーンイーターズです。Bean Eaters(豆食い人)とは、なんとも風采の上がらないネーミングですが、このチーム名で14年間プレーしていました。後にビーンイーターズは、ボストン・ブレーブスと改名され、買収や移転により、ミルウォーキー・ブレーブス、そして1966年からアトランタ・ブレーブスとなったのです。
大リーグでは、アトランタ・ブレーブスは強豪として知られています。これまで10回ワールドシリーズに出場し、4勝6敗。つまり4回チャンピオンになっています。
アトランタ・ファルコンズは創設が1966年。つまりアトランタでは野球チームとフットボールチームが同時に発足したことになります。当然、両チームは常に比較され、お互いを意識し合う間柄でした。
ところが両チームの戦績が全く違うのです。ファルコンズは2回スーパーボウル出場がありますが、いずれも負けており、まだチャンピオンになったことがないのです。
私は1995年にアトランタの町を訪れたことがありますが、この時、空港の売店で偶然バンパーステッカーが売られているのを見つけました。ステッカーには次のように印刷されていました。
「レッツゴー、ブレーブス! ついでにファルコンズも一緒に連れて行ってね」
この時、初めて私は、アトランタにおいて、野球と比べてファルコンズの存在感が非常に薄い事に気が付きました。ステッカーを買って帰らなかったことを後悔しています。
英語版ウィキペディアを調べますと、ファルコンズに関し、次のような記述があります。
They are the oldest major professional sports team in America with no championships.[8]
「ファルコンズは、メジャー・プロスポーツ(フットボール、野球、バスケットボール、アイスホッケー)の中で、一度も優勝経験がない、最も古いチーム」という、誠に有難くない表現をされています。
かつてウィキペディアの記事をそのまま掲載したところ、とんでもない間違いだったことがありますので、断定するのは危険ですが、ファルコンズは、おそらく全米一不名誉な記録の持ち主なのでしょう。
ファルコンズが創設された頃、プロフットボール界は激動の時代に突入していました。新興勢力であるAFLが発足し、豊富な資金力をもとに、NFLに対しガチンコの挑戦状を突き付けていたのです。まさにNFL・AFL戦争の勃発でした。この頃起こったことを年表にて整理してみます。
1960年 AFLが8チームにて発足し、戦争勃発。NFLにダラス・カウボーイズが新加盟。1966年 NFLにアトランタ・ファルコンズが新加盟。AFLにマイアミ・ドルフィンズが新加盟。
1967年 NFLにニューオリンズ・セインツが新加盟。NFLとAFLの勝者同士が対戦し、真のプロフットボール最強チームを決める優勝決定戦が開始される(スーパーボウルと命名)
1968年 AFLにシンシナチ・ベンガルズが新加盟。
1970年 NFLとAFLが合併し、「NFL・AFL戦争」が終結。
NFLは16チームから一気に26チームの巨大組織となる。
つまり、新興AFLが手強い相手と感じたNFLは、AFLが進出してきそうな南部の大都市(ダラス、アトランタ、ニューオリンズ)に先にチームを作って、AFLの発展・拡大を妨害しようとしていたのです。
アトランタ・ファルコンズの誕生も、アトランタ市民が強く望んだからチームが出来たというよりは、NFLトップの経営判断により、営業戦略上の作戦としてチームが創られたと言うことになります。
一方、野球のブレーブスは、ミルウォーキー時代の1957年にワールドシリーズ優勝を果たしており、1966年アトランタ移転が決まった時は、「我が町にチャンピオンチームがやってくる!!」と市民から大歓迎されたことでしょう。
アトランタにおいては、野球とフットボールのチームの成り立ちが違うのです。
アトランタ・ファルコンズの創設以来60年間の通算戦績は、408勝523敗6分、勝率.438と、当然のことながら良くありません。ファルコンズより通算勝率が低いNFLチームとしては、アリゾナ・カージナルス、NYジェッツ、タンパベイ・バッカニアーズ等がありますが、これらのチームにはいずれも優勝経験があります。
ファルコンズに、伝説の名コーチや、有名スター選手は生まれないのか?
先にコーチの方に目を向けますと、ファルコンズの歴代ヘッドコーチの中で一番有名なのは、ダン・リーブスでしょうか?ブロンコスで3回、ファルコンズで1回、チームをスーパーボウルへ導いた名将ですが、スーパーボウルでは4戦全敗です。ファルコンズ(1997~2003年)では7年間通算で49勝59敗1分、勝率.454とたいしたことがありません。
もう一人、コーチを挙げるならば、ダン・クインでしょう。サリスバリー大学という無名校の出身で、カレッジとプロで合計20年間のアシスタントコーチ歴がある、叩き上げの苦労人です。2015年、ファルコンズで初めてヘッドコーチを任され、5年間で43勝42敗、スーパーボウルに1回進みましたが惜しくも敗れています。現在はワシントン・コマンダーズのヘッドコーチを務めています。

2021年、QBマット・ライアン(36歳)。この年がファルコンズ在籍最後の年となりました。
私はしばしば、スポーティングニュース誌による「NFL史上、最も偉大な100人の選手」という本を資料として取り上げていますが、この本にアトランタ・ファルコンズの選手は一人も選ばれていません。
しかし「ファルコンズに有名スター選手は育たない」などと書きますと、「QBマット・ライアンがいるじゃないか!!」と厳しいお叱りを受けそうですね。そのお叱りは正しいとも言えます。
マット・ライアンは、196cm、100kgという大型の強肩QBです。ボストン・カレッジで頭角を現し、2008年NFLドラフトで全体の3番目でファルコンズから指名されました。この時、アトランタ・ファルコンズが提示した条件は6年契約で7200万ドル(約110億円!)まだプロで1プレーもしたことがない選手への契約としては破格のものでした。
マット・ライアンは入団直後の2008年開幕戦からファルコンズの先発QBとして活躍し、チームを11勝5敗でプレイオフ出場に導きます。この時以来、14年間マット・ライアンはファルコンズのエースQBとして君臨し、負傷欠場はわずか3試合。14年間でプレイオフ出場6回。
2016年にはファルコンズを率いて2回目のスーパーボウル出場を果たしますが、ペイトリオッツに敗れています。年間最優秀選手賞(MVP)も獲得しました。
実はこの2016年度スーパーボウルがファルコンズ史上、もっとも王座に近づいた瞬間でした。第3Q終了時点でファルコンズが28-3でペイトリオッツをリードしていたのです。
その時、何が起こったかは、You Tube画像でご覧ください。
New England Patriots vs. Atlanta Falcons | Super Bowl LI Game Highlights | The 28-3 Comeback – YouTube(21分)
結果としては、この時もファルコンズは勝者への引き立て役となったに過ぎませんでした。
マット・ライアンが優秀なQBであることは明白ですが、どうしてもここ一番に勝てないという印象もあります。彼の「生涯パス獲得距離」は62792ydで史上第9位。「生涯TDパス獲得数」は381回で史上第10位という立派な戦績ですが、それよりも記録としては低いジョー・モンタナ(49ers)やロジャー・ストーバック(カウボーイズ)の方が「チームを勝利に導くことが出来るQB」として評価を受けているように感じます。
私はむしろQBマイケル・ヴィックが「ファルコンズが生んだ伝説の名選手」となってほしかったと考えています。183cm95kgとプロのQBとしては背が低すぎますが、スーパースターQBとスーパースターRBが合体したようなイメージの選手で、「走りまくり投げまくる」全く新しいプロQBの姿を見せていました。彼の動画をご覧ください。
Michael Vick Top 50 Most Unbelievable Plays of All-Time | NFL Highlights (11分)
ヴィックが生まれた時、両親は二人とも未婚のティーンエイジャーでした。生まれ育った地域は極めて治安が悪く、犯罪に満ちていたとのことです。少年時代は貧困生活でしたが、超俊足だった父親の血を受け継ぎ、運動能力に満ち溢れた選手になりました。
バージニア工科大でランニングQBとして大活躍したマイケル・ヴィックは、2001年ファルコンズからドラフトいの一番で指名されます。NFLの長い歴史で、アフリカ系アメリカ人のQBがいの一番指名されたのは初めての事でした。40ヤード走4.25秒という記録はNFLの歴代QBの中で最速でした。
ヴィックは6年間好成績を挙げ続けましたが、不遇の少年時代から巨額年俸をもらえる立場に這い上がり慢心してしまったのか、実に愚かなことに手を染めすべてを失います。
マイケル・ヴィックは、違法である闘犬賭博を自分の所有する土地内において運営していたことにより逮捕され、21か月に渡って投獄されたのです。(正しくない記述があれば遠慮なくご指摘ください)
2007,2008年の2シーズン、マイケル・ヴィックは刑務所の中で過ごしました。出所したあともファルコンズには戻ることが出来ず、イーグルスに入団しました。イーグルス初年度はドノバン・マクナブの控えQBでしたが、2年目の2010年にはスタートQBとなって再び活躍を見せ、NFLカムバック選手賞を受賞しています。
イーグルスで5年を過ごしたヴィックは、その後、他2チームに移りましたが限定的な活躍しか出来ず、2015年をもって35歳で引退しています。不祥事(犯罪)さえ起こさなければ、ファルコンズを、そしてNFLを代表するQBになっていただろうと想像し、残念でなりません。
さて、私が選んだ「地味の判断基準」のひとつに、「ユニフォームやチームロゴのイメージが定まらない」ことを挙げました。ファルコンズは創部以来、黒と赤というチームカラーについてはきちんと守り続けていますが、全部赤の年もあれば、上下とも黒にしてみたりと、しばしばユニフォームを変更するので、「これがファルコンズ」という代表的な姿が思い浮かびません。
パッカーズやカウボーイズであれば、すぐに皆さんの頭の中に伝統あるユニフォーム姿が現れるでしょう。これもチーム作り・ファン作りにおいて重要なポイントだと思うのですがね。
今回、私が選んだ「NFLで一番地味なチームは、アトランタ・ファルコンズ」という説にご賛同はいただけますでしょうか。反論・別提案などありましたら喜んで拝聴しますので是非お聞かせください。お待ちしております。
「清水利彦のアメフト名言・迷言集」
https://footballquotes.fc2.net/
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