清水 利彦(S52年卒)
shimizu.toshihiko2@gmail.com
コラム再掲 <ジョー・パターノの教え>
2008年12月8日 Unicorns Net1026―1028号掲載分
2008年、ペンシルバニア州立大コーチ、ジョー・パターノが書いた”Keeping it small”という論文を読み、参考にすべきと思われる内容がありましたので、当時3回に分けてUnicorns Netに掲載しました。今回、これを一つにまとめ、アーカイブに保存していただきたいと思います。
※ただし、文末にある「筆者あとがき」を必ずお読みください。
ジョー・パターノ 1926―2012
ペンシルバニア州立大コーチ 1966―2011の46年間在任。
1982,1986年の2回、全米チャンピオン 通算409勝136敗3分 勝率.750
「ジョー・パターノの教え」
ジョー・パターノ
(ペンシルバニア州立大コーチ)
今から30年以上前の話である。
私は、アラバマ大伝説の名コーチ、ポール・ベア・ブライアント氏の講演会を拝聴する機会に恵まれた。会場には数百名のフットボールコーチ達が集まり、伝説の名将がいかにしてチームを勝利に導いているのか、その秘訣を知ろうと、固唾をのんで待ち受けていた。
私も、オフェンス・ディフェンス・キッキングゲームの全てにおいて、彼が披露してくれるはずのあらゆる戦略・戦法を、ひと言も聞き漏らすまいと必死だった。
しかし、ポール・ベア・ブライアントの口から出た最初の言葉は、実に意外なものであった。
「あなた方がどのような戦法を用いるにせよ、最も大切なことは、ゲームプランを出来るだけ少なくし、簡潔なものにすることです。コーチ達が犯す最悪のミステイクとは、試合の時に数多くの新しいゲームプランを持ち込み、結局何一つ習熟していない状態でプレーすることです。」
この言葉を聞いて、私は頭をハンマーで打たれたようなショックを受けた。私自身が試合のたびに、「あれもやらねばならぬ、これもやらねばならぬ」と考え、新しいゲームプランをふんだんに用意していたのだ。
ブライアント氏の話を聞いて、私はもう一つ、別の話を思い出した。
それはオクラホマ大の黄金時代を築いたバド・ウイルキンソン・コーチ(※1953-57にかけて47連勝を記録)の教えである。彼は私にこう言った。
「コーチがやらなければならない仕事とは、実はたった一つしかない。それは、選手達に練習で同じ事を何度も何度も繰り返しやらせ、完璧に実行できるようにさせ、試合の時にそれと全く同じ完璧なプレーを、本能的に自動的に再現できるようにすることである。」
ブライアント氏とウイルキンソン氏の言っていることは、実はまったく同じ事ではないかと私は感じた。練習の時と全く同じ事が試合で出来るようになるためには、「繰り返し(Repetition)」が必要だ。物事を習熟するには時間が掛かるのだ。だから試合毎に次から次へと新しいゲームプランを盛り込んだりしたら、習熟したプレーなどできるわけがないのだ。新しいゲームプランをおこなうということは、とてつもなく長い時間、練習をおこなうことを代償としてこそ、実現できることなのだ。
それ以来、私は根本から考え方を変えた。試合におけるゲームプランを出来るだけ少ないものにして、一つ一つのゲームプランを完璧に実行できるようになるまで、繰り返し練習させるようにしたのだ。
我がチームが長年にわたって高い勝率を残し続けることが出来ているのは、この二人の偉人の教えを守り続けたからであると、私は信じている。
次に、我がチームの規律について述べることにしよう。
規律の面で私が大きく影響を受けたのは、UCLAやロサンゼルス・ラムズでコーチをしていたトミー・プロスロ氏の教えだ。
プロスロ・コーチの規律に対する基本的な考えは、
① 選手達を大人として扱う。
② 全員が守ることの出来るルールしか定めない。
③ ルールはできるだけ少なくする。あれもこれもとルールを課さない。
④ いったん決めたルールは必ず全員に守らせる。
⑤ ルールを破った者には必ず何らかの罰則が与えられる。
というものだった。
私は我がチームにも、これらと同じ基本方針を与えた。
我がチームにおけるルール設定は次のようにおこなっている。
部員の中から10~12名くらいのチームリーダーと呼ばれる者達を選出する。チームリーダーとは週に一度くらいミーティングをおこなっている。チーム内での規律に関する問題点を私が感じたときは、このミーティングで指摘し、彼らに考えや改善方法を述べさせる。時には私が彼らの意見をはねつけるときもあるが、大抵の場合は彼らの意見を採用するようにしている。
毎年、4年生が卒業して新しいチームが出来るときに、私は選手達にこれから一年間守って欲しいルールを文書にして全員に配布する。選手達はその文書に署名をして返却することになっており、文書が返却されるまでは我がチームのいかなる部活動にも参加できない。
こうすることによって、後になって「私はそんなルールを聞いていない」という言い訳ができないようにしているのだ。この文書を選手達に配布するとき、私が必ず部員に言っていることがある。
「私は君たちに罰を与えたくて、これらのルールを課しているのではない。我々が、我々の成りうる最高のフットボールチームに成るために、どうしても必要だと思う事柄をルールとして定めているのだ。」
最後に、我がチームにおいて規律に関して起こった、生涯忘れられない事件について述べてみようと思う。
私は1966年にペンシルバニア州立大のヘッドコーチになった。
初年度、チームの戦績は5勝5敗という低調なもので、私はこのチームが本当に強いチームになるためには、規律面での改善が必要だと感じていた。
翌年、私は部員に対し、「シーズン中は、レストランやバーに行って、アルコール類を飲むことを禁じる」というルールを課した。
その年の第2戦は、マイアミ大との遠征試合だった。マイアミ大には、テッド・ヘンドリックスという、後にNFLで大活躍するラインバッカーがおり厳しい試合であったが幸い我々は勝つことが出来た。マイアミの空港から地元へ帰る飛行機を待っている間、アシスタント・コーチ達と一緒に空港内をぶらぶら歩いていた私は、空港のバーで二人の選手がビールを飲んでいるのを見つけた。二人は、「これはまずいことになった」という顔をして私を見た。私は、「学校に戻ったら私のオフィスに来るように」とだけ言い渡した。
キャンパスに帰ってから、私は二人の部員を退部処分にした。
ここから問題が始まった。
二人のうち、一名は我がチーム最強のラインバッカーであり、しかも文武両道に秀でており、将来を嘱望された選手だった。彼を退部させることは我が部にとって大きな痛手であることは間違いなかったが、私は方針を改めるわけにはいかないと感じていた。
退部者の両親が文句を言いに来た。大学生がバーでビールを飲むこと自体は法律違反でも何でもないことで、そんなことで退部処分にするのは厳しすぎる、と彼らは主張したが、私は、「もし、私があなた方の息子さんを部に復帰させたら、残りの部員に対する規律がすべて崩壊します。」と言って拒否した。
夕方になると、チームの主将・副将達がやってきて、退部処分を解いてやって欲しいと願い出た。私は当然拒否した。二人の退部者は、我が部のルールが何であるかを知っている。残りの部員全員もルールを知っている。その上での処分なのだ。
私は部員全員をミーティングルームに集めてこう言った。
「君たち全員に告ぐ。今回の処分が不服な者は今すぐこの部屋を出て行き、退部してもらって結構だ。その上で君たちがやりたいことを何でもやればよい。しかし君たちの中に、負けることが嫌いで、強いチームを作るためには、つらいことに耐え、自ら犠牲を払う覚悟があるという人間がいるのならば、この部屋に残って欲しい。」
結局、誰も部屋から出て行かなかった。
この事件の翌年と、翌々年、ペンシルバニア州立大は11戦全勝となり、オレンジボウルに招待され、いずれも接戦の末、勝利している。我々は、あの事件を乗り越えてから強くなったのだ。
(完)
筆者あとがき
この記事をUnicorns Netに掲載した3年後、大変な事件が起こりました。
ペンシルバニア州立大の守備コーディネーターであり、チームのNo.2的存在であったジェリー・サンダスキーというベテラン・アシスタントコーチがいました。
そのサンダスキーが過去15年にわたり、少年に対する暴行・虐待行為を約50件も繰り返していたことが明るみに出て、逮捕されたのです。そして更なる調査により、ジョー・パターノ・コーチがサンダスキーの不法行為を知りながら隠蔽していたと結論付けられました。
今回の記事にもあるように、ジョー・パターノと言えば「規律の人」というイメージがあり、「正しいことをきちんと続けることにより勝利を積み重ねてきた人」と考えられていました。しかし、この事件により、彼は真逆の人間として扱われ、彼の栄光・戦績・評価は地に落ちてしまったのです。
2011年秋、84歳のパターノはまだ現役のヘッドコーチを続けており、ペンシルバニア州立大は8勝1敗という好成績をあげてランキング上位を伺っていましたが、11月9日にジョー・パターノの解任が突然発表されました。失意のパターノは、そのわずか74日後、2012年1月22日肺がんにより85歳でこの世を去っています。
このことにより私は、「もう、パターノが発した言葉は価値がなくなってしまった。Unicorns Net等に掲載すべきではない」とも考えました。しかし、若き日のジョー・パターノが規律に関して述べていることや、彼の名言の数々は全くの正論であり、今でも見習うべき点が多々あると信じております。
そこで、ジョー・パターノの論文や名言に関しては、必ずこの注意書きを添えたうえで掲載し、「他人がおこなう正しくないことに目をつぶってしまう行為によって、どれだけ自分自身も傷つき、損をしてしまうか」という教訓としても活かしたいと考えております。
読者の皆様のご理解をいただきますようお願い申し上げます。