【清水利彦コラム】<フットボールの歴史を彩る一枚の写真> 第6回:1966年、パッカーズCケン・ボーマンの手 2023.2.10

清水 利彦(S52年卒)
shimizu.toshihiko2@gmail.com

フットボールの写真を見て、感動して涙が出たことは何度もありますが、手指だけ写っている写真を見て泣いたことは私の生涯でこの一枚だけです。
1966年に撮影された、グリーンベイ・パッカーズのセンター、ケン・ボーマンの手の写真です。

ケン・ボーマンの手 出典:The Glory of Titletown, Photo by Vernon Biever

左手のひどい状況は見れば明らかですが、右手が異様に膨れていることも感じていただけると思います。実は右手親指を骨折しており、右親指には小さなギプスがはめられています。この手で、ボーマンはロンバルディ・コーチが指揮する苛酷な猛練習に耐え、左手一本でスナップを出して、センターとして試合に出続けていたのです。泣かずにはいられません。

ケン・ボーマン本人はのちに次のように語っています。
「はじめは単なる打撲だと思っていて、医者にも見せなかった。だが、家で食事をしている時に私が、右手に持ったスプーンを何度もテーブルに落とすので、『どこか、おかしいんじゃない?』と妻に言われ、病院に行ったら骨折していたんだ。右手に小さなギプスをはめられてからは、左手だけで両手分の働きをしなければならなくなった。相手のショルダーやフェイスガードを何度も左手で叩きつけているうちに、皮膚が剝がれてきてこんなひどい状態になった。この写真は白黒で撮影されているが、カラー写真でこの様子をお目にかけたかったよ。」

ビンス・ロンバルディ・コーチは、「ケガをした選手を決して甘やかさないコーチ」として知られています。「多少のケガを負いながらプレーする、というのが、フットボール選手の極めて自然な姿である」というのが、コーチの口癖でした。ボーマンはパッカーズに10年間在籍しましたが、休んだ試合は全部でわずか10試合ほど。123試合に出場して引退しています。

ビンス・ロンバルディがパッカーズのコーチに就任した1959年から5年間は、センターのポジションにはジム・リンゴ―というベテランの名選手が君臨していました。リンゴ―は10回プロボウルに出場し、のちに殿堂入りした、歴代最高峰のセンターです。
それに比べて、1964年にドラフト下位(8位)で入団したケン・ボーマンは「能力は平凡だが地道に努力する」典型のような選手でした。入団一年目からスタメンの座をつかみ取りましたが、オールプロやプロボウルに選ばれたことは一度もありません。それでもロンバルディ・コーチの下で4年間働いたうち、3回NFLチャンピオンになっています。

ロンバルディの言葉に、「チャンピオンになった時は、チーム全員に栄光が与えられるが、チャンピオンになれなかったチームには、誰にも栄光は与えられない」というものがあります。
名選手のジム・リンゴ―もパッカーズでの優勝経験はボーマンと同じく3回であり、ロンバルディの言葉に従うと、リンゴ―とボーマンは全く同等の栄光に満ちた選手だと言う事ができます。
かの有名な「アイスボウル 氷点下26度の死闘」で、最後にQBバート・スターがスニークで逆転TDを決めた時に、スナップを出していたのがケン・ボーマンでした。

QB#15バート・スター センターがケン・ボーマン

手持ち資料の中に、ボーマンのプレー中の良い写真が見当たらないのが残念ですが、上の写真においてスナップを出しているのがケン・ボーマンです。背中に白く写っているのは、QBがスナップを受ける前に手を拭くためのタオルで、センターの腰にヒモで結び付けられています。プレーを始めるときには、QBがタオルをめくりあげ、センターの背中に掛けるようにしていました。人工芝フィールドが普及してからは見られなくなりましたが、日本でもかつてはセンターがこのようにタオルを腰に巻き、QBが手に付いた泥を拭うのは当たり前の姿で、昔、我々はこれを「ふんどし」と呼んでいました。
「ふんどし」に関する記憶やエピソードなどお持ちの方、是非ご一報ください。

ボーマンは入団2年目の時から、ウイスコンシン大の夜間講座に少しずつ通い続け、8年間かけて法学博士号を取得した努力家としても知られています。今年2023年で81歳となりますが、現在も生まれ故郷のイリノイ州で暮らしています。

「『ハードワーク』という言葉の意味を教えよう。
君がもう少し遅くまで練習場に残り、
もう少し疲れ切って、
もう少しケガをして、
もう少し多くの痛みを抱える、ということだ。」

      ビンス・ロンバルディ
      グリーンベイ・パッカーズ・コーチ

※今回、ケン・ボーマンの手の写真を撮影した、バーノン・ビーバー(Vernon Biever)というパッカーズ専属プロカメラマンの名前を覚えておいてください。フットボール専門のプロカメラマンとして「レジェンド(伝説の人)」とも呼ばれている人です。後日、バーノン・ビーバーについての特集をご紹介します。

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