【清水利彦コラム】カレン・デボアー物語 アラバマ大学コーチの座に怒涛の如く駆け上がった男 2024.10.03

2024/10/3
昭和52年(1977年)卒 清水利彦
shimizu.toshihiko2@gmail.com

Unicorns Net1901号で、私は「Pac12リーグからUSCやワシントン大など強豪10チームが脱退し、ワシントン州立大とオレゴン州立大の2チームだけのリーグになってしまった」と書きました。この記述は正しいのですが、もう少し詳しく述べますと、「Pac12が2チームだけなのは2024・2025年の2年限りで、2026年からボイジー州立大、コロラド州立大、フレズノ州立大、サンディエゴ州立大、ユタ州立大の5校が加わって、Pac12は7チームのリーグとなることが発表された」となります。

Pac12に新加盟する5校はいずれも現在Mountain Westというリーグに所属していますので、今度はMountain Westが穴埋めの加盟校を必死に探すことになりますね。「また、イタチごっこかよ、なーにをやってんだか・・・」という印象を受けます。

さて、私のコラムではまだ紹介していませんでしたが、アラバマ大で既に伝説の名コーチの域に入っていたニック・セイバンが昨年度終了後に72歳で引退しています。アラバマ大後任コーチには、クレムソン大のダボ・スゥイニー(既に全米王座2回の実績あり)が就くのではないかという噂がありましたが、予想に反してワシントン大ヘッドコーチだったカレン・デボアー Kalen DeBoerが指名されました。

私はこのデボアーという人物を全く知りませんでしたが、経歴を読むと感動を覚えるほどのドラマチックな「どん底からの駆け上がり人生」を歩んでいますので、皆さんにご紹介します。

アラバマ大コーチ就任記者会見に臨むカレン・デボアー

カレン・デボアーは1974年にサウスダコタ州ミルバンクで生まれました。(49歳)

まずはこの「サウスダコタ州生まれ」にご注目ください。サウスダコタは面積20万㎢と(日本の面積は38万㎢)非常に大きな州ですが、ここにたった92万人しか住んでいません。極端に人口密度の低い州です。もちろんNFLのチームはありませんし、カレッジの強豪チームもありません。フットボール不毛の地でデボアーは生まれ育ったわけです。

生まれ故郷ミルバンクの人口はわずか3000人。市というよりは村と呼ぶべきですね。12月~2月の3カ月間は一度も氷点下を上回らないという極寒の地でもあります。

ユニコーンズ卒業生でサウスダコタ州を訪れた事がある人は非常に少ないでしょう。州随一の観光名所が「マウント・ラシュモア(歴代大統領4人の顔が彫られた岩壁)」であり、私は訪れた事があります。

サウスダコタ州マウント・ラシュモア 左からジョージ・ワシントン、トーマス・ジェファーソン、テオドア・ルーズベルト、エイブラハム・リンカーン大統領の彫刻  出典:Wikipedia

サウスダコタ州最大の都市がスーフォールズ(Sioux Falls)で人口20万人。ちなみにSioux は先住民のスー族のことです。ここにデボアーの母校スーフォールズ大学(University of Sioux Falls)があります。Universityとは言っても学生数1400人。慶應義塾高校(2017年の統計で2200人)よりもずっと小さい大学です。NCAA二部に所属しており、デボアーが4年生の時、二部の全米王座に初めて輝いています。デボアーはWRとして大学記録を塗り替える活躍を見せ、同時に野球部でも外野手として活躍しました。

デボアーは卒業後も故郷を離れず、地元高校で2年間アシスタントコーチをしました。高校コーチのかたわら、試合がない時にはセミプロの野球チームやフットボールチームの試合に出場し、わずかな報酬を得ていました。そうしないと食いつないでいくことが出来なかったものと推察します。

2000年に26歳でスーフォールズ大学の攻撃コーディネーターに就任。それでも春にはセミプロ野球でプレーを続けていました。2001年に27歳で結婚。奥様は、まさかこの男(食うや食わずの、ド田舎の無名校アシスタントコーチ)が将来アラバマ大コーチとして年俸数億円ものオファーを受けるとは夢にも思わなかったでしょう。

2005年、31歳でスーフォールズ大学ヘッドコーチ就任。ここからデボアーの「駆け上がり人生」が始まります。5年間でスーフォールズ大学はなんと67勝3敗、勝率.957、二部全米王座獲得3回。

この躍進が認められ、36歳で初めてNCAA一部校であるサザンイリノイ大の攻撃コーチに就任。ここから8年間で4つの一部校を渡り歩きます。

2019年、BIG TENのインディアナ大攻撃コーチ就任。インディアナ大はそれまで11年連続で負け越しという「BIG TENのお荷物」でしたが、デボアーはわずか数か月で強力なオフェンスを作り上げ、8勝5敗の好成績を収め、注目を集めます。

2020年、46歳で初めて一部校フレズノ州立大のヘッドコーチに就任。1年目はコロナ災禍により3勝3敗に終わりましたが、2年目、強豪UCLAとの勝利を含む9勝3敗と躍進し、ワシントン大からヘッドコーチ就任のオファーを受けました。

ワシントン大では初年度からオレゴン大、テキサス大を下し、11勝2敗で全米ランク8位となり、Pac12のコーチ・オブ・ザ・イヤーを受賞。2年目の2023年には14勝1敗で全米最終ランク2位になり、全米の最優秀コーチ賞各賞を総なめにしました。

9年間のヘッドコーチ通算戦績、103勝12敗 勝率.896という驚異的な数字をひっさげ、今年度からアラバマ大コーチに迎えられたわけです。

カレン・デボアーは、アラバマ大で黄金期を築けるか?

デボアーの起用は、アラバマ大にとってある意味「大きな賭け」と言えましょう。

通算戦績は素晴らしいですが、その半分以上は二部校のスーフォールズ大学で作ったもので、カレッジのトップレベルで切磋琢磨した経験は、ワシントン大でのわずか2年間だけです。

2007年にニック・セイバンがアラバマ大コーチに起用された時は、セイバンは既にミシガン州立大・ルイジアナ州立大(LSU)で10年のコーチ経験があり、LSUでは全米王座を獲得しています。更に2年間のNFLコーチ経験(ドルフィンズ)もありました。申し分のない最強の経歴をもつ男を起用したわけです。それに比べたらカレン・デボアーの実績は「取るに足らない」ものと言えます。

デボアーが「トップレベルでの逆境を経験していない」のも不安要素でしょう。セイバンはNFLドルフィンズで15勝17敗という平凡な戦績しか残せず、苦しみぬいた経験があります。大きな批判も浴びた事でしょう。「負けが込んだ時にどうするか」という経験がデボアーにはありません。

アラバマ大学は選手のほとんどが「高校時代のトップスター選手」であり、超エリート集団です。いつも注目され、ちやほやされてきたアスリートだらけなのです。そんな中で、「地の底から這い上がってきた男、カレン・デボアー」がチームをどのように率いていくのか、興味は尽きません。

アラバマ大コーチ歴代最高勝率を誇るニック・セイバン(昨年度終了後、72歳で引退) 出典:Alabama Football, Sports Illustrated

ベア・ブライアント以降のアラバマ大学歴代コーチの戦績は下記の通りです。

ポール・ベア・ブライアント           25年      232勝46敗9分 .824     全米王座6回

レイ・パーキンス                            4年        32勝14敗1分    .696

ビル・カリー                                   3年        26勝10敗           .722

ジーン・ストーリングス                  7年        70勝16敗1分    .813       全米王座1回

マイク・デュボーズ                         4年        24勝23敗           .510

デニス・フランチオーネ                  2年        17勝8敗             .680

マイク・シュラ                                4年        26勝24敗           .520

ニック・セイバン                            17年      206勝29敗       .877     全米王座6回

「勝率8割以上が当たり前」、「全米王座を獲れなければ、コーチは4年以内にクビ」という厳しい現実がアラバマ大にあることがわかります。

アラバマ大学があまりに強すぎるので、私は正直に言ってアラバマ大のファンではありません。アラバマが試合をするときは、常に対戦相手校を応援し、アラバマ大に勝利して涙を流す人たちの姿を見るのを楽しみにしていました。

しかし、カレン・デボアーの略歴を読んでみて、今期はデボアーとアラバマ大を応援してみたいと真剣に考えています。

アラバマ大(ランク4位)が、ジョージア大(2位)に勝利!!

ここまで書いたところで、ビッグニュースが飛び込んできました。9月28日APランク4位のアラバマ大が、プレシーズンランク1位だったジョージア大に、地元タスカルーサで勝利したのです。シーズン前半に激突するのがもったいないような好カードでした。試合は最後までもつれて、早くもGame of The Yearの声さえかかる内容となりました。

下記You Tube画像をご覧ください。(20分)

#2 Georgia v #4 Alabama (GAME OF THE YEAR) | Full Game Highlights | 2024 College Football Highlights (youtube.com)

サイドラインに居るカレン・デボアーの姿(黒パーカ、えんじ色の帽子)にご注目ください。貴賓席に座るニック・セイバンの(ちょっと太った)スーツ姿もご覧いただけ、微笑ましいです。

これでアラバマ大は4勝0敗。APランキングで1位に浮上しました!昨年度も12勝2敗の好成績でしたが、3位が最高で、一度も1位になったことはありませんでした。

アラバマ大ファンは大喜びのはずで、デボアーがアラバマのコーチとして受け入れられるための第一関門を突破したと言えるでしょう。頑張れ、カレン・デボアー・コーチ!!


「清水利彦のアメフト名言・迷言集」
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