【清水利彦コラム】“Mr. Irrelevant” 49ersQBブロック・パーディー NFLドラフト最下位指名の男が挑んだアメリカン・ドリーム 2024.02.24

清水利彦(S52卒)
shimizu.toshihiko2@gmail.com

第58回スーパーボウル

チーフス 25-22 49ers (延長戦)

今年度のスーパーボウル、面白かったですね。エクストラポイント・キック失敗の1点の重みが、こんなにも感じられたスーパーボウルも珍しいのではないでしょうか。

今季のスーパーボウル、私はサンフランシスコ49ersを応援しておりました。私が応援するチームが負けるのは今に始まったことではありませんので、気にしておりません。
49ersに29年ぶりの王座奪回がかかっていたことが、応援した第一の理由です。49ersはモンタナとヤングという二人のQBで18年にもわたる黄金期を築いていますが、その後勝てなくなっていました。

  • 1981-90 ジョー・モンタナ 112勝39敗1分 .742 SB優勝4回
  • 1991-98 スティーブ・ヤング 85勝27敗 .759 SB優勝1回

#16ジョー・モンタナと#8スティーブ・ヤング、ロッカー室での珍しいツーショット(出典:Football’s Greatest, Sports Illustrated. Photo by Michael Zagaris)

第二の理由としては、49ersのエースQBブロック・パーディーがMr. Irrelevant(ミスター・イレリヴァント)であることを知ったためです。本当に驚きました。

<Mr.Irrelevantとは>

Mr. Irrelevant(イレリヴァント=不適切な、そぐわない、相応しくない、等の意味)とは、造語ですがフットボール界においては「NFLドラフト会議で、その年に全体の一番最後に指名をされた選手」の事を指す言葉になっています。「Mr. Irrelevant=ドラフト・ビリ指名男」とご理解ください。

2023年、ドラフト・ビリ指名から、スーパーボウルに先発QBとして出場したブロック・パーディー

1976年の事です。カリフォルニア州の実業家ポール・サラタが突然「NFLドラフトで最下位指名された選手の事を、今後我々は“Mr. Irrelevant”と名付け、毎年ミスター・イレリヴァント賞の表彰を行う」と発表しました。表彰内容は、次のようなものでした。

  1. ドラフト最下位指名選手とその家族を、その年のドラフト後にポール・サラタが住むカリフォルニア州ニューポートビーチに一週間招待する。
  2. その間、選手と家族はディズニーランドに行ったり、ゴルフ大会に参加したり、毎晩パーティーをしたり等、楽しいことをたくさんして過ごす。その費用は全てサラタの会社が負担する。
  3. 滞在中に表彰式をおこない、 Irrelevantとして最下位で指名された選手にはハイズマン・トロフィーならぬ、ロウズマン・トロフィー(Lowsman)を進呈する。
  4. ハイズマン・トロフィー像は、ボールキャリアとなった選手が鋭くカットを踏むポーズで有名だが、ロウズマン・トロフィーは「ボールをファンブルした選手の姿をデザインしたもの」になる。(※残念ながらロウズマン・トロフィーの写真が見つかりませんでした)

この企画そのものはまったくのジョークであり、パロディなのですが、ポール・サラタは大真面目にこのイベントを実践し、その後長年に渡り表彰を続けました。
ノーベル賞に対してイグノーベル賞(人々を笑わせるような研究をおこなった人を表彰する)があることは大勢の方がご存じと思いますが、それに通じるものがあり、ユーモアやジョークが大好きな米国人にMr. Irrelevantの企画は大受けしました。

ブロック・パーディーのために作られたMr. Irrelevant特製ユニフォーム 262番はドラフトでのパーディーの指名順位

ポール・サラタ自身も元NFL選手でした。1926年生まれのサラタはUSCでエンドとして活躍した後、ドラフト10巡目という低評価にてピッツバーグ・スティーラーズに入団します。NFLではさしたる記録を残せず、カナダのプロリーグでプレーして引退した後、父の経営する建設会社に入り、実業家として大成功を収めています。
自分自身、NFLドラフトの低順位で指名された経験を持つサラタは、いつクビを切られるかわからない二流選手たちの苦しみを知っていました。最下位指名を受ける選手は、当然のことながら入団してもチームに残れる保証は何もなく、実際すぐにクビを切られるケースがほとんどだったのです。
ドラフト1位指名選手なら、誰もが注目し誰もが誉めそやす。一方で真逆の最下位指名選手には誰も注目しない。そんなビリ選手につかの間の天国を経験させて、将来への希望・頑張るきっかけを与えてあげたいと考えたのでしょう。

通常ならば誰もが気にも留めない「ドラフト・ビリ指名男」が、サラタの企画によってマスコミにより脚光を浴び、一躍有名な存在になりました。Mr. Irrelevantという言葉はサラタが個人的に定めた造語ですが、今ではWikipediaにも掲載され、歴代受賞者の名前まで載っていて、すっかり一般フットボール用語となった感があります。
ビリ指名選手だけでなく、ポール・サラタ自身とその会社も有名になり、マスコミも大喜びで取材するという、三者がWin-Winとなる見事なアイデアでした。

マスコミが面白がってMr. Irrelevantを大きく取り上げたため、困った問題も発生しました。
1979年のNFLドラフト終盤、指名を行うため残っているのはラムズとスティーラーズだけとなりました。329番目(ビリから2番目)のラムズは、自軍指名選手がMr. Irrelevantとなってマスコミに取り上げてもらいたいため、わざと指名権をパスしてスティーラーズ(330番目)に譲ります。(※当時は合法)ところがスティーラーズも同じ考えだったため、やはりパスしてラムズに指名権を譲ります。譲り合いが延々と続く羽目になり、最後はコミッショナーの仲裁によりクジ引きでスティーラーズがMr. Irrelevantの権利を獲得しました。
この時から「ドラフトの最後にMr. Irrelevantの権利を得るため指名権をパスすることはできない」という新たな規則が出来ています。

これまで多くの選手がMr. Irrelevantとして表彰されました。大多数が何も活躍できないまま退団していくのですが、中にはNFLで活躍する者も出てきました。しかし彼らの多くはキッカーやリターナーなどのポジションの選手であり、チームの大黒柱であるべきQBは「超優秀な人材をドラフト上位で獲得し、大事に育てる」のが常識でした。過去に6名のQBがドラフト・ビリ指名を受けていますが、全員が試合で全く活躍することなくクビを切られており、「Mr. Irrelevantの中で、プロ入りしてTDパスを投げた事のあるQBは一人も存在しなかった」のです。
そんな状況の中でブロック・パーディーが史上7人目の「QBとしてのMr. Irrelevant」になりました。

QBブロック・パーディーについて

ブロック・パーディーは2022年に開催されたNFLドラフトで、262番目、最後の最後にサンフランシスコ49ersに指名され、史上47人目(表彰制度開始前を含めると88人目)のMr. Irrelevantとなりました。
パーディーはアイオワ州立大の出身で、現在24歳。大学1年の時、上級生の負傷により急遽先発QBを任されました。4年間フルに活躍し、29勝17敗という好成績を残し、オールBIG 12リーグの一軍QBに2回選出されています。実績から言うと、もう少し上位で指名されていても良いと思える人材です。ただしスポーツ雑誌The Athleticには、「ブロック・パーディーは努力家で向上心があるが、アスリートとしては不十分で、遠投力にもパス技術にも劣っている」との低い評価を書かれていました。The Athletic誌は今頃すごく後悔していることでしょう。

2021年、好戦績を残すも評価が低かった、アイオワ州立大時代のブロック・パーディー(出典:Wikipedia)

パーディーが49ersに入団した時には、トレイ・ランス、ジミー・ガロッポロに次ぐ「三軍QB」の位置づけでした。
トレイ・ランスは2021年ドラフトで、49ersが第一巡3番目に獲得した期待の超大物新人です。
ジミー・ガロッポロは2014年第二巡でペイトリオッツから指名され、トム・ブレイディの控えQBでしたが、49ersにトレードされた後、2019年度に49ersをスーパーボウルに進出させた際の立役者として知られています。パーディーとは期待のされ方が全く違うエリートQBが、上に2人いたわけです。

しかしパーディーの入団後、シーズン開始前にヘッドコーチのカイル・シャナハンは、ジェド・ヨーク49ers球団オーナーに対し「3人のQBの中ではブロック・パーディーが一番良いと思う」と発言しました。ランスやガロッポロの獲得のために大金を投じていた球団社長にとって、驚くべき爆弾発言でした。のちに球団社長はシャナハンの評価能力を再認識することになります。
2022年、結局シャナハンはパーディーの力量を認めながらも、トレイ・ランスを先発QBとして送りましたが2試合で負傷し、ジミー・ガロッポロと交代。ガロッポロは9試合を順調に乗り切りましたが12週目で負傷し、第13週からブロック・パーディーが先発起用されました。そこから彼の大活躍によりなんと6連勝でレギュラーシーズンを終えます。(49ers13勝4敗)パーディーはMr. Irrelevantとして、初めてTDパスを投げ、初めて先発して試合に勝利したQB」となりました。プレイオフにも2勝し、最後NFC決勝でイーグルスに敗れましたが、「全く期待していなかった新人の驚異的な活躍」に49ersファンは狂喜しました。

2023年の開幕に先立ち、カイル・シャナハン・コーチは、トレイ・ランスをカウボーイズへトレード(今期全く出番なし)、ジミー・ガロッポロをレイダースへトレード(6試合のみ起用され3勝3敗)して、ブロック・パーディーが49ersのエースQBであることを明確にしました。
パーディーは今期、コーチの期待通りレギュラーシーズンを12勝5敗で乗り切り、プレイオフでも2勝してスーパーボウルに見事進出したわけです。

ブロック・パーディーのプレーぶり、今季の活躍ぶりについては下記のYou Tubeダイジェスト版をご覧ください。

Brock Purdy 2023 MVP Highlights (youtube.com)

2年前のドラフト会議の日には、まさか最下位指名の自分が2年後のスーパーボウルで先発QBを務めるとは、パーディーも、そして誰もが、夢にも思っていなかったでしょう。今回は惜しくも敗れましたが、若い彼にはまだまだチャンスがあります。「Mr. IrrelevantがスーパーボウルMVP」というようなことが起これば、まさにアメリカン・ドリームの実現ですね。

日本のプロ野球でも「ドラフトでビリ指名された男」は毎年存在するわけですが、米国フットボール界のMr. Irrelevantのように注目されることはありませんね。歴代の最下位指名選手だけをひとくくりにして、その中で一番活躍したのは誰か、等の統計を調べてみたら日本でも面白い記事が書けると思うのですが、いかがでしょうか。


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