清水利彦(S52年卒)
shimizu.toshihiko2@gmail.com
春の慶應義塾大学野球部、惜しかったですね。全日本大学選手権決勝まで勝ち進みましたが、関大(関西大学)に1点差で敗れました。慶應にとっては悔しい敗北ですが、相手の関大が「54年ぶり3回目の日本一」と知り、ぐっとこみ上げてくるものがありました。54年間、負けても、負けても、なお諦めずに頑張り続けて、半世紀過ぎてから栄冠を手にした関大の喜びを想像するだけで、私は涙腺が緩むのです。
(以下、短時間の調査に基づいて書いていますので、誤りがありましたら遠慮なくご指摘ください)
そんな私ですから、かつて「大学王座から遠ざかる、ということ」というタイトルでコラムを書いたことがあります。(2018年3月1日付Unicorns Net1659号)
ユニコーンズが日本の大学アメリカンフットボール界で、「かつてチャンピオン(日本一)になったことがあるが、王座から遠ざかっている年数が一番長い」ことはご存じですね。
その時に次のような表を作成し、掲載しました。慶應は第1回と第3回甲子園ボウルの優勝校であり、最後の優勝は1949年1月9日ですが、1948年度の優勝として起算しています。
.jpg)
2018年に掲載した「大学王座から遠ざかる年数」(旧)の一覧表
そして私はその時、「慶應義塾大学ユニコーンズは1948年以来69年間(当時)大学王座から遠ざかっているが、これは全米カレッジフットボールの記録と比較しても19位となる長期間」と結論づけました。
しかし、8年後の今になって、この表を見直してみると「この表は実際と違うよな」とか「ずいぶん間違った基準を元に作った表だったな」と痛切に感じます。その理由は下記の通りです。
- AP(Associated Press)による「全米統一王座を選出する方式」が始まったのが1936年です。それ以前は全米に幾つもの(10個近くの)ランキング選定機関が存在し、それぞれが独自に「今年のチャンピオンは、この大学」と発表していました。大学側から見ると、選定機関の一つでも自校を選んでくれたら「我々が全米王者」と名乗るわけです。こうして毎年複数の大学が「我々がチャンピオン」と名乗り、多い年は5校がチャンピオンになりました。チャンピオンの粗製乱造がおこなわれていたわけで、昔は「チャンピオンの価値(希少性)が非常に低かった」というのが実態です。

1921年のカリフォルニア大チーム。9勝0敗1分で全米チャンピオンを名乗っていますが、この年は他にコーネル大(8勝0敗)、プリンストン大(8勝0敗)、アイオワ大(7勝0敗)が、他の選定機関からチャンピオンに選ばれており、同じ年に全部で4校の全米王者が居たことになります。
- APが王者を選出するようになっても、他の選定機関はこれまで通りに独自の王者を選んで発表しました。するとやはり、APによって選ばれた大学でなくとも、他の機関から選ばれた大学が「我々がチャンピオン」と名乗るのです。例えば前述の(旧)表で1937年カリフォルニア大、1940年スタンフォード大が王者を名乗っていますが、APによると、1937年はピッツバーグ大、1940年はミネソタ大が王者に選ばれています。なんだか本当に一番強かったのかどうかわからない大学王者がリストに含まれていたことになります。全米カレッジで「この試合に勝てば全米チャンピオン」という明白な大学選手権決勝戦がおこなわれるようになったのは、ごく最近1998年からなのです。
- 上記のリストの中で、グレーで表した大学(プリンストン大、ハーバード大、コルゲート大など8校)は、現在NCAA2部に所属しています。(1位のシカゴ大学はNCAA4部に所属)NCAAの区分けは、関東・関西学生の1部・2部制度とは全く異なっており、「入れ替え戦に勝つと、上の部に昇格できる」わけではありません。NCAAの区分けは、「体育奨学金を出せる人数の違い」「競技収入の配分の違い」「大学内に設置しなければならない体育会クラブの数の違い」などの様々な条件によって決められており、上位の区分けに所属するには、より厳しい条件をクリアしなければなりません。つまり、「どの区分けに所属するかは、各大学の選択・意思決定による」わけであり、チームの強弱によって決まるのではありません。
そして全米チャンピオンは当然NCAA1部校(136校)の中から選ばれます。アイビーリーグ各校やコルゲート大(超少数精鋭の名門伝統校)がNCAA2部所属を選んだということは、自ら「全米チャンピオンにはなれない道を選んだ」のです。彼らは「全米王座に復帰することをあきらめたのだ」というのが私の見解です。(2部には全米選手権大会があるので、2部のチャンピオンにはなれます)
ちょっとNCAAの区分けについて説明しておきましょう。NCAAにおける各大学フットボール部は、下記の4つのカテゴリーに分けられています。
(A)Division I FBS (Football Bowl Subdivision) 136校
(B)Division 1 FCS (Football Championship Subdivision) 127校
(C)Division 2 約300校
(D)Division 3 約450校
Divisionが3つなのに、カテゴリーが4つあり、紛らわしいことこの上ないですね。まあ、関東学生連盟の「一部校がTOP8とBIG8の二つに分けられている」のとちょっと似ています。
全米チャンピオンは(A)の136校から選ばれます。アイビーリーグは(B)に所属していますので、正確に言うと「NCAA1部FCS所属」ですが、いちいち注釈をつけるのが面倒なので、私のコラムでは、(A)NCAA1部、(B)NCAA2部、(C)NCAA3部、(D)NCAA4部 と単純化しております。
ちなみに、1部をFBSとFCSを分けるという、ややこしい事をしているのはフットボールだけで、バスケットボール等、他の競技ではDivision 1~3の3つの区分けというシンプルな分け方です。
「大学王座から遠ざかる年数」リストを組み直す
今回、私は次のような条件でリストを作り直してみました。
- 1936年以降のAPが選んだ王者のみをチャンピオン扱いにする。粗製乱造時代の古いチャンピオンは、チャンピオンとはみなさない。
- 現在、NCAA2部(1部FCS)以下に所属している大学はリストの対象から外す。自ら全米王者になる道をあきらめた大学はリストに入れない。
新条件で新しいリスト「大学王座から遠ざかる年数(新)」を作成してみたところ、下記の通りです。
.jpg)
大学王座から遠ざかる年数(新)
新リストを見て、私が感じたことをまとめてみました。
- 充分に予想されたことではありますが、慶應義塾大学が「77年間優勝から遠ざかっている」事実は、前回調査の19位どころか、全米の各大学と比べて第4位と高順位で、非常に長い期間であることがわかりました。
- このリストに挙げられた各大学は、今もなお、王座を目指して切磋琢磨している強豪校揃いです。王座復帰をあきらめた感のある大学は一つもありません。その中でも、1位のテキサス・クリスチャン大(TCU)、2位のテキサスA&M大が「あと少しで王座復帰」となる機会を幾度も逃しています。
- テキサス・クリスチャン大(TCU)は2010年最終ランク2位、2014年3位、2022年2位と、本当に「あとわずかな壁を越えられずに涙を呑む」のを繰り返してきました。特に2010年はシーズン全勝(12勝0敗)で終えながら、同じく全勝(13勝0敗)のオーバーン大がAP選定の王者に着いています。この時は「オーバーン大vsTCUで決勝戦」をやらせてあげたかったなと、つくづく思いました。
- テキサスA&M大も、2012年5位、2020年4位、2025年7位と何度も王座に肉迫しています。過去85年間に最終ランクが10位以内に入ったのが12回、20位以内に入ったことが27回あります。ずっと強豪と呼ばれ続けながら、あと1勝あと2勝が果たせず今日に至っています。
- 一方、慶應義塾大学も1988、1989,1990,1993年にパルサーボウル(関東決勝)敗北。2005、2006年クラッシュボウル敗北。2016年関東TOP8で2位と、あと一歩、あと二歩まで迫りながら王座復帰を何度も逃しています。TCU、テキサスA&M大、慶應義塾大学の3チームには「長年に渡り、常に王座を狙える位置に居ながら、あと一歩が足りず栄冠を取り逃がし続けている」という共通項があるのです。
- 米国においても「50年以上王座から遠ざかっている大学」はわずか7校しかありません。(そのため、優勝から60年遠ざかっている立教大学が、このランキングの9位に入っています)昨年度はインディアナ大が創部127年目で初優勝し、全米が大騒ぎになりましたが、この7校の中から今後優勝校が出たら、こちらも「○○年目の涙の王座復活」とアメリカ全体が大騒ぎになることは間違いありません。特に(リクルーティングにおいて大きなハンデを背負っている)アーミーが復活優勝を遂げたら、「全米大学スポーツ界21世紀最大の驚き」と報道されることでしょう。アーミーは2018年11勝2敗で最終ランク19位、2024年12勝2敗で21位と、「決して王座復帰をあきらめていない位置」にいます。
日本の大学各競技における日本一の歴史
2023年、慶應高校野球部が夏の甲子園で優勝した際に、私は次のようなコラムを書いています。
【清水利彦コラム】「慶應高野球部、107年ぶり優勝」に想う 2023.09.14 | アメリカンフットボール三田会
この時に、日本の主な大学スポーツにおける全国大学選手権大会が開始された年度も調べました。結果は次の通りでした。(今回、新情報を少し付加しました)
- 1919年 全国学生相撲選手権大会団体戦
※慶應は1923、1927、1928、1939の4回優勝あり - 1947年 甲子園ボウル(旧名称:アメリカンフットボール東西大学王座決定戦)
- 1948年 全日本バレーボール大学選手権大会 慶應は1964年に3回目の優勝
- 1949年 全日本大学バスケットボール選手権大会 慶應は2008年に7回目の優勝
- 1952年 全日本学生柔道優勝大会団体戦 慶應は優勝なし
- 1952年 全日本大学野球選手権大会 慶應は2021年に4回目の優勝
- 1952年 全日本大学サッカー選手権大会 慶應は1969年に3回目の優勝
- 1952年 全日本学生ホッケー選手権大会 慶應は優勝なし(準優勝3回)
- 1953年 全日本学生剣道優勝大会(団体戦) 慶應は1973年に2回目の優勝
- 1953年 全日本学生弓道王座決定戦 慶應は2021年に4回目の優勝
- 1958年 全日本学生ハンドボール選手権大会 慶應は優勝なし
- 1964年 全国大学ラグビーフットボール選手権大会 慶應は1999年に3回目の優勝
- 1970年 全日本大学駅伝 慶應は優勝なし ※1920年開始の箱根駅伝は関東大会
甲子園ボウルの開始が、他のスポーツに比べ非常に早かったことに驚きます。これには多少の「事情」があります。他の競技が日本の各地域から複数の代表校を集めて、複数日程で全日本選手権をおこなっているのに対し、アメリカンフットボールでは有力校が関東と関西に限られており、東西の1位同士で一試合だけやればよいので開催しやすかったという点です。いずれにせよ、甲子園ボウルの勝者が「アメリカンフットボールの大学日本一」であることに異論をはさむ方はおられないでしょう。
ユニコーンズ(1948年以来77年間優勝なし)よりも長く王座から遠ざかっているのは、慶應では相撲部(1939年以来86年間優勝なし)しかありません。いろいろ調べてみましたが、慶應ユニコーンズの77年間(優勝から遠ざかっている期間)を超える大学は、相撲を除くと他の大学スポーツには存在しないのです。
結論
長々と書き連ねましたが、私が言いたいことは次の通りです。
現在、我がユニコーンズは1948年以来77年間大学日本一の座から遠ざかっていますが、今も王座復帰のための活動・努力を続けています。これは米国フットボール界と比較しても非常に前例の少ない、稀有な記録と言うことになります。
日本の大学スポーツ界に目を向けますと、ほとんどの競技が甲子園ボウルよりもずっと後に大学選手権を開始しており、第3回甲子園ボウル以来、王座から遠ざかっているユニコーンズを凌ぐ長期間は見当たりません。今後、ユニコーンズが王座復帰を成し遂げることが出来れば、「大学スポーツ界で長期間王座から遠ざかりながら復帰を果たした日本新(最長)記録」となることを確信しています。(ただし、そう断言するためには記録の再調査が必要です)
慶應高野球部が夏の甲子園で優勝した際も、新聞には「107年ぶりの優勝」という記述はありましたが、「優勝から遠ざかった復帰までの最長期間の、日本新記録」というような書き方をしたメディアはありませんでした。メディア全体がそういう見方の記録確認をしていなかったということであり、私は「107年ぶりの優勝」が日本の高校・大学・社会人・プロすべてを合わせたスポーツ界の最長記録であろうと考えています。もしかしたら世界中のスポーツ界でも例を見ない、ギネスブックものかもしれません。慶應高校は多少金をかけてでも、詳細な調査を行い、自ら築き上げた日本新記録を確定させ、世に誇るべきではないか、というのが私の意見です。
「長期間にわたり大学王座から遠ざかっている」というのは、ある意味「不名誉な記録」でもあります。しかし、超長期間にわたって勝つことが出来なかったチームが、悪戦苦闘の末、途方もない年月の末に王座に返り咲くのであれば、不名誉な記録は一気に、ものすごく価値のある記録に変わると確信しております。これはある意味、「大きなチャンス」であると思うのです。
そして日本フットボール界には、このようなチャンスを持つチームは、慶應ユニコーンズしかないのです。
卒業生の皆さん、我々には毎年毎年、目の前にすごい記録を達成できるチャンスがぶら下がっていることを認識しましょう。何としても記録を達成いたしましょう。
そのためには、まず「あきらめない」こと。そして「皆の力を結集する事」だと考えております。皆様のご協力、よろしくお願い申し上げます。
「不屈の人間とは、
他の人が勝利をあきらめ、挫折したその場所から
勝利への道を歩み始める人のことである。」「人が敗北者となるには、たった一つの方法しかない。
それは『あきらめる』ことだ。
君が、『それは私には無理だ。出来ない。』と
あきらめた瞬間に、君は敗北者となるのだ。
しかし、もし君が『自分は絶対にあきらめない』と心に誓い、
渾身の努力を続けるのならば、
君はいつか、必ず勝利者になれる。」エドワード・エグレストン 19世紀米国の歴史家、小説家

ブッカー・T・ワシントン(壇上右端)、その左隣(横向き)がテオドア・ルーズベルト大統領(出典:Wikipedia)
「人間の価値とは、
君が今、どれだけ高い位置にいるかによって決まるのではない。
人間の本当の価値とは、
君がどん底の谷間から、歯を食いしばって登り続けてきた場所までの、
その距離、その高低差によって決まるのである。」ブッカー・T・ワシントン(公民権運動家)
バージニア州にて奴隷の息子として生まれながら、
黒人専用の大学設立など、黒人に教育を与える事業に貢献。
史上初めて黒人としてホワイトハウスに招待され、
テオドア・ルーズベルト大統領と一緒に食事をした。
「清水利彦のアメフト名言・迷言集」
https://footballquotes.fc2.net/
「今週の名言・迷言」を木曜日ごとに更新しています
左下の「三田会コラム」という黒い小さなバーをクリックして
いただくと、これまでのコラムのアーカイブがご覧いただけます






