【清水利彦コラム】ジャック・ランバート NFLで一番コワイ顔をした男 2026.09.10

清水利彦(S52年卒)
shimizu.toshihiko2@gmail.com

 

3年前、私は「NFLで一番泥まみれの選手は?」というテーマでコラムを書きました。

【清水利彦コラム】フォレスト・グレッグ 泥まみれの鉄人オフェンスタックル 2023.09.28 | アメリカンフットボール三田会

今回は、「NFLで一番コワイ顔をした男は誰でしょう?」という企画です。

60代以上の卒業生ならば、「ああ、あのスティーラーズ黄金期に活躍したLBのことでしょ?名前は忘れたけど、たしかにコワイ顔してたよね。」と言って下さる方が多いと思います。

ジャックランバート物語

その選手の名前は、ジャック・ランバートと言います。今回はこの選手を紹介しましょう。

ジャック・ランバート 出典:The Football Book, Sports Illustrated

 

この顔のどこが一番コワイかと言うと、やはり歯でしょう。前歯がごっそり抜けているため、残っている歯がまるで「牙(キバ)が生えている」ように見えます。どちらかと言うと、吸血鬼ドラキュラ、フランケンシュタイン、バンパイア等々、怪物系・バケモノ系のルックスをしているように私には思えます。(ジャック・ランバート・ファンの方、多々おられると思います。ごめんなさい!)

ジャック・ランバートは、顔がコワイだけではありません。稀有な名MLB(ミドルラインバッカー)でした。スーパーボウル優勝4回。オールプロ選出6回。プロボウル出場9回など、輝かしい記録を残しています。スポーツイラストレイテッド誌が選んだ「NFL史上最も偉大なLB」の中で第4位(ローレンス・テイラー、ディック・バトカス、レイ・ルイスに次ぐ)に選ばれています。スポーティングニュース誌が選んだ「NFL歴代最高の選手100人」の中で、第30位に選出されました。

彼のプレーぶりはYou Tube画像でご覧ください。(3分)ただし、ランバートのプレーは現代のルールではUnnecessary Roughnessの反則を取られる恐れが高いので真似しないでください。

Jack Lambert’s Top Plays | Pittsburgh Steelers Hall of Fame Highlights

 

ジャック・ランバートは1952年7月オハイオ州のマンチュアという田舎町で生まれました。現在74歳です。慶應ではS50年卒小口主将の代と同期に当たります。

地元のクレストウッド高校では、フットボール部・野球部・バスケットボール部に在籍しました。フットボール部ではQB(!)およびDBとして活躍し、チームを州選手権優勝に導いています。

高校バスケットボールの練習中、彼は相手選手の頭が自分の顔に衝突するアクシデントに会いました。ランバートは上前歯4本を同時に折る重傷を負い、それ以来、彼は4本分の義歯(入れ歯)を使用しましたが、プレーの際は入れ歯を外し、前歯が抜けた状態でずっとプレーしていました。

前歯を折ったことは不幸でしたが、そのおかげでランバートは後にNFLで「最もコワイ顔」の男となり、ピッツバーグ・スティーラーズの「鉄のカーテン守備陣の象徴として知られる顔」となったのです。

高校では優秀なQBでしたが、背が高い(193cm)わりに身体が細く(77kg)、あまり全国レベルで注目されるような事はなかったのでしょう。州内の名門校オハイオ州立大からは声がかからず、オハイオ州ケント市にあるケント州立大(Kent State University)から奨学金をオファーされ入部します。ケント州立大は、創立115年、学生数33000人の立派な大学ですが、フットボール部は当時弱小でした。

彼が入部した時、ケント州立大のヘッドコーチだったのがドン・ジェームスでした。(のちにワシントン大で全米王座獲得した名将)ドン・ジェームスはQBランバートを3年生になる時、MLBに転向させるという大胆な手を打ちます。その頃MLBの役割はスクリメージライン近くに立って、ひたすらラン攻撃を止めることでしたが、動きが速いジャック・ランバートはパスディフェンスにも参加するMLBとして常識を破る活躍をし、チームをミッドアメリカン・リーグの初優勝に導きます。4年生の時は主将を務めました。

1974年のNFLドラフトで、ジャック・ランバートはピッツバーグ・スティーラーズから2巡目(全体の46番目)で指名を受けました。しかし他チームのスカウト達の多くは、「ランバートの軽い体重(卒業時97kg)ではプロのMLBとしては通用しないだろう。」と見ていました。

933年の球団創設以来、スティーラーズは「リーグのお荷物」と呼ばれ続けた弱小チームでした。しかし1969年チャック・ノールHC就任以来、次第に力をつけ、特にDLジョー・グリーン、L.C.グリーンウッド、LBジャック・ハム、アンディ・ラッセル、DBメル・ブラント等が揃う守備陣が猛烈に強く、Steel Curtainと呼ばれていました。1972、73年と続けてプレイオフ出場を果たし、「今年こそ悲願の初優勝なるか」と期待された1974年にジャック・ランバートが入団してきたのです。

開幕前に一人のLBが故障したため、ランバートは開幕戦からスタメン起用される幸運に恵まれました。この年の全ての試合に先発出場しています。スティーラーズは期待通りの快進撃をみせ、見事、初のスーパーボウル王者となりました。ジャック・ランバートは年間最優秀新人選手賞を獲得しています。

翌1975年もスティーラーズは勝ち続け、2年連続のスーパーボウル王者となりました。スティーラーズvsカウボーイズの対戦は、当時「史上最高のスーパーボウル」と誰もが認めました。その内容をYou Tube画像でご覧ください。(22分)#58ジャック・ランバートの活躍が見られますし、スティーラーズのFG失敗の際に、キッカーをからかったカウボーイズ選手にランバートが猛然と襲い掛かる有名なシーンも含まれています。

Super Bowl X Pittsburgh 21 Dallas 17

1976年、コルツのエースRBライデル・ミッチェルをタックルするジャック・ランバート  出典:The Football Book, Sports Illustrated

入団してすぐにチームがスーパーボウル2連勝する栄光に満ちたスタートとなりましたが、ジャック・ランバートの真骨頂は、むしろ翌1976年に発揮されたと言えるでしょう。

開幕から敗戦が続き、スティーラーズは1勝4敗と信じられないような不振に陥りました。4敗目を喫した後、選手たちはロッカールームで、コーチの入室さえも断り、選手だけのミーティングを開きました。周囲は2回の優勝で活躍した名選手ばかりでしたが、この時に、名選手達に対して臆さずに吠えたのがジャック・ランバートです。

「俺たちはもう一回も負けない!!俺たちはこれからの試合に全て勝つ!!」

まだ入団3年目の若手ではありましたが、この瞬間にチームメイト達は、ランバートがスティーラーズのリーダーであることを認めたのです。

ランバートの宣言は真実となりました。ここからレギュラーシーズンの残り9試合にスティーラーズは全て勝利し、5試合が完封勝ち、9試合合計で敵にわずか2TDしか許さないという信じ難いほどのディフェンスの勝利でした。AFC決勝戦でレイダースに敗れ、3年連続スーパーボウル制覇は断たれましたが、ジャック・ランバートの圧倒的存在感を確立した忘れられない年となりました。

ジャック・ランバートは鉄のカーテンの要として活躍を続け、1978、79年にもスーパーボウルを制覇し、合計4回の優勝と成りました。ケガが少ない事でも知られていたランバートは、10年間ほとんどの試合に出続けましたが、11年目の1984年、足に重傷を負い、32歳の若さで惜しまれながら引退を発表しています。11年間でタックル回数1479,インターセプト28回という数字が、MLBランバートがランもパスも両方止めていたことを示しています。

下の写真は引退の2年前、1982年にジャック・ランバートが全米最大のスポーツ誌「スポーツイラストレイテッド」の表紙を飾った時のものです。コワイ顔のイメージは最後まで変わりませんでしたが、彼に与えられた称号は「The Man of Steel」。彼にとってこれほど誇り高い名称は他に無いでしょう。

1982年、Sports Illustrated誌の表紙を飾ったジャック・ランバート

おまけ 全米カレッジ・プレシーズンランキング

海の向こうでもカレッジフットボールは既に始まっています。プレシーズンランキングは下記の通り発表されています。

全米カレッジ・プレシーズンランキング 8月26日現在

 

1~10位は毎年同じような顔ぶれで、全然面白みがありませんが、今回は12位のテキサス工科大に注目しました。13位アラバマ大、14位USC、16位ミシガン大等を押しのけての12位ですから相当な実力なのでしょう。

テキサス工科大は、103年の歴史と学生数42000人を誇る立派な大学ですが、歴史的にはテキサス州内の州立大としては、学力もフットボール部戦績も、テキサス大・テキサスA&M大より下という位置付けと認識します。

創部以来、一度もリーグ優勝がなかったのですが、昨年Big-12リーグで初優勝しました。創部から94年目、SWC(Big-12の前身)リーグ加盟から66年目にして初めての栄冠を手にしました。2025年度のAP最終ランクは7位でしたが、10位以内に入ったことも同校史上初でした。昨年度の勢いがそのまま今年の評価に結び付いたことになります。

テキサス工科大のヘッドコーチはジョーイ・マグワイア。就任5年目ですが、既に55歳となっている遅咲きコーチです。テキサス州シーダーヒルズ高校のコーチを20年間勤め、142勝42敗(.772)高校州選手権優勝3回という輝かしい戦績を残し、45歳で大学コーチに転進しました。

もちろんテキサス工科大に全米王座獲得経験はありません。昨年はインディアナ大が創部127年目にして初めて全米王座を獲得し大騒ぎとなりましたが、今年も再び大騒ぎが繰り返されるのでしょうか?

頑張れ、テキサス工科大!!

 


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