【清水利彦コラム】 「全盲のフットボール選手、ジェイク・オルソン物語」2026.08.01

2026/7/30
昭和52年(1977年)卒 清水利彦
shimizu.toshihiko2@gmail.com

全盲でありながらUSC(University of Southern California、南カリフォルニア大)の公式戦でプレーしたジェイク・オルソン選手の話を紹介します。かつてUnicorns Netではこの物語を簡単に説明したことがありますが、今回は画像・映像・新情報を加えて詳細版を作りました。

ジェイク・オルソンは1997年3月26日、カリフォルニア州ハンティントンビーチで生まれました。オルソン一家は皆、地元の最強豪チームUSCの大ファンでした。USCの試合の日には、家族全員でロゴ入りウェアを着て、USCトロージャンズの本拠地スタジアムであるLAコロシアムで応援することを楽しみにしていました。

ジェイク・オルソンは生後9か月で眼のガンを患い、まず左眼を失明しました。オルソン一
家は熱烈なUSCファンで、この写真でもジェイクはUSCのロゴ入りウェアを着ています。

生後9か月でジェイクはガンの一種である網膜細胞腫を発症し、左眼を失明しましたが、右眼は救うことが出来ました。小学校高学年となったジェイクはフラッグフットボールでセンターを務め、片目でプレーしていました。

ところが2009年9月、12歳となったジェイクにはガンが再発していることが判明し、医師は「患者の命を救うためには、右の眼球も摘出するしかない」と決断します。幼いジェイクにとってあまりにも残酷な宣告となりました。

2009年11月が眼球摘出手術の日と決まりました。その日以降、ジェイクは永遠に視力を失います。「目が見えている期間」はあとわずかしかありません。残されたわずかな期間に、ジェイクが「最後に自分の眼で見て、記憶に残しておきたい」と願ったのは、「大好きなUSCフットボール選手達の勇姿」でした。

USCの練習中、コーチと共にハドルに入るジェイク

彼の願いは、USCフットボール部ヘッドコーチ、ピート・キャロルに伝わりました。ピート・キャロルは即座に反応し、ジェイクをUSCの練習日にグラウンドに招待します。選手たちから温かく迎えられ、ハドルの中にも入れてもらい、ジェイクは夢のようなひと時を過ごしました。別れ際にピート・キャロル・コーチはジェイクに次のように語りかけました。「また、このチームに会うために戻って来い。君のことを待っているよ。いいか、約束だぞ。」その時は、まさか6年後にこの約束が本当に果たされるとは、ピート・キャロル自身も思っていなかったでしょう。

眼球摘出手術の6日後、再びジェイクはUSCの練習グラウンドに招待されました。全盲となったジェイクが親に手を引かれて白い杖をついて現れると、選手たちは大歓声・拍手・ハグ等により歓迎の意を表しました。絶望の日々が始まったばかりのジェイクに、選手たちの歓迎がどれほど勇気を与えたかは言うまでもありません。

記念撮影 白い帽子がジェイク。隣の赤いスウェットがピート・キャロル・コーチ

盲目のジェイクは高校生となりました。身長がすくすくと伸び185cmを超えました。実はジェイクは「盲目の自分だがフットボール選手としてプレーしたい」との思いを持っていました。フラッグフットボールでセンターを務めた経験があるジェイクは、「FGキックやXP(エクストラポイント)キックの際のロングスナッパー専任ならば、盲目でも務められるのでは」と考えていたのです。

ボールが置かれた位置までは仲間に連れていってもらわねばならないが、一旦ボールとホルダーの位置が確認できれば、目が見えなくてもロングスナップは出せるだろうと思いました。2013年、地元の高校に通い始めたジェイクは、高校フットボール部コーチ、ディーン・ヴィーセルメイヤーに対し、「入部の為のトライアウトに参加させてほしい」と願い出ます。今後たくさんの困難が予想される申し出に、ヴィーセルメイヤー・コーチは大変驚き、悩んだであろうと想像できます。しかしコーチの判断は、「とにかくこの若者にチャンスを与えてみる」ことでした。この時のコーチの心の広さが、ジェイクの将来を大きく変えたとも言えます。入部を許されたジェイクは、コーチが驚くほどの熱心さでロングスナップ練習に打ち込みました。ジェイク・オルソンは高校卒業までの2シーズン、FGキックとXPキックの際のロングスナッパーとして試合に出続けました。

2015年、高校を卒業するジェイクの進路に関して、彼の心の中は既に決まっていました。
「憧れのUSCの選手となってプレーする」、これがジェイクの唯一無二の夢でした。ジェイクはUSCの
身体障碍者枠奨学金を獲得して入学を果たします。あとはフットボール部が彼の入部を認めてくれるか
どうかでした。

ピート・キャロル・コーチは既にUSCを去り、NFLシアトル・シーホークスのヘッドコーチに就任していました。ジェイクが入学した時のUSCヘッドコーチは、スティーブ・サーキージアン(※現在はテキサス大のヘッドコーチとなり、好成績を上げ続けている優秀なコーチ)でした。サーキージアン・コーチは、かつてピート・キャロルの下でアシスタントを務めていたため、ピート・キャロルとジェイクの関係についても知っており、ジェイクの入部を許可しました。

憧れのUSC選手となったジェイク・オルソンでしたが、そこからは平坦な道ではありませんでした。地元の高校生の時は、「盲目なのだから多少の失敗は許される」ような雰囲気があったかもしれませんが、USCではそうはいきませんでした。フットボールは大学の浮沈が掛かる一大イベントであり、仲間の選手たちは皆NFL入りを目指して必死にプレーしているのです。もちろんチーム内には他に優秀なスナッパーがいます。ジェイクのスナップ失敗で失う1点が、チームに非常に悪い結果をもたらすかもしれません。ジェイクの希望を優先して、彼を試合で起用することなど出来ないのです。ウエイトトレーニングで身体を鍛え、体重は110㎏まで増えていましたが、結局ジェイクは2年間、試合に出ることはなく、練習でロングスナップを出し続けるだけでした。アウェイゲームやボウルゲームの遠征には帯同させてもらえず、ひたすらグラウンドの隅っこでロングスナップを出していました。「このまま練習参加だけで大学生活が終わるかもしれない」という不安が彼の頭の中にあったのではないかと推測します。

2017年のシーズン開幕第一戦、地元LAコロシアムでおこなわれた対ウエスタンミシガン大戦で、ついに待ちに待った瞬間が訪れました。第4Q残り3:13で、USCはタッチダウンを挙げ、47-31となって勝利を確定的にしました。コーチはXPキックにおいてジェイク・オルソンの起用を告げます。#61ジェイクは、ホルダーを務めるチームメイトの肩に手を置いて、二人でフィールドに現れました。スタンドでは彼が盲目であることを知るUSCファン達が「Let‘s Go, Jake!!Let‘s Go, Jake!!」の大合唱を始めます。

XPプレーの様子がYou Tube画像に残されていますので、是非ご覧ください。(1分)
Highlight: USC's blind long snapper Jake Olson finds game action on extra point against WMU

XP成功後、チームメイトと喜ぶジェイク

ジェイクはロングスナップを見事に成功させ、キックが決まって、試合はUSC48-31WMUで終了しまし
た。残念ながら、この試合以外に彼が公式戦でプレーした記録を私は発見できませんでした。ご存じの方おられましたらお教えください。2017年、USCは11勝3敗の好成績を上げてPac-12リーグで優勝し、全米最終ランク8位となっています(コットンボウルに出場し、オハイオ州立大に負け)が、勝った試合にも緊迫した接戦が多く、ジェイクを再び起用する余裕は無かったのではないかと推察します。出番はわずかでしたが、ジェイク・オルソンがその年、全米カレッジフットボール界で最も有名な選手のうちの一人となったことは間違いありません。

「全盲の選手ジェイク・オルソンが、USCの公式戦に出場しロングスナッパーとしてプレーした」という記録は永遠に残りますし、全米の身体障碍を持つ若者たちに対して大きな希望を与えたことでしょう。

「清水利彦のアメフト名言・迷言集」
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