【清水利彦コラム】続・テキサス大vsオクラホマ大対校戦 テキサス州の歴史、テキサス大学の歴史 2024.04.25

 清水利彦(S52卒)
shimizu.toshihiko2@gmail.com

前号でテキサス大vsオクラホマ大対校戦について述べるにあたり、テキサス州とオクラホマ州の歴史に関する文献をいくつか読んでみました。自分が全く知らなかったことがたくさん書かれており、「アメリカ合衆国って、こういう風にして成り立ってきたのか」という思いを強くしました。両州の歴史を簡単にご紹介します。まずはテキサス州からです。
(記述内容に不正確な部分がありましたら、何卒ご容赦ください。)

<テキサス州の歴史>

16世紀、スペインがメキシコに上陸し、占領し、植民地化しました。まだ無人の荒野で、わずかに先住民が住んでいました。Texas は先住民の言葉で「友」とか「仲間」を意味します。
1821年、メキシコのスペインからの独立に伴い、テキサスはメキシコ国の一部となりました。当時のメキシコは、今のカリフォルニア州・テキサス州・アリゾナ州・ニューメキシコ州等も含む広大な領域を占める大国でした

1824年のメキシコ地図 アメリカ合衆国と同じくらいの広さを持つ巨大な国でした。その後、アメリカにどんどん土地を奪われてしまいました。 出典:Wikipedia

テキサスは日本の面積の2倍近くある広大な土地ですが、当時テキサスに住むメキシコ人は全部で3千人ほどしか居ませんでした。土地を開拓・開墾したくても人手が全く足りないわけで、そこでメキシコ政府は米国の白人たちに「テキサスに移民して、土地を所有し開墾する」ことを認めます。後から考えますと、この時のメキシコ政府の判断が、テキサスにおけるメキシコと米国の力関係をのちに逆転させてしまった原因になったと思います。

大勢の白人がテキサスの土地にやってきて開墾をおこない、人口を増やしていきました。1830年にはテキサスに住むメキシコ人4千人に対し、アメリカ人が2万5千人(奴隷を含む)になり、アメリカ人がメキシコ人を数で凌駕することになりました。あわてたメキシコ政府が移民禁止令を出しますが、不法に入植するアメリカ人が後を絶たず、それを阻止する軍事力をメキシコ政府は持っていませんでした。テキサスは、アメリカから移民してきた白人が好き勝手に出来る土地になってしまったのです。

1836年、白人たちは勝手にメキシコ国からの独立宣言を行い、テキサス共和国を創立します。この時、テキサス対メキシコの戦争が起こり、メキシコ軍を破ったテキサス軍の総督がサミュエル・ヒューストンです。彼の名前をとって後にヒューストン市と命名されました。また、テキサス共和国の議会を設立し、「テキサスの父」と呼ばれたのがスティーブン・オースティンであり、彼の名前が現在のテキサス州の州都オースティン市(テキサス大学キャンパス所在地)に由来します。

1845年、テキサスはアメリカ合衆国に併合され、28番目の州として承認されました。
ところが1861年にはアメリカ合衆国から脱退し、アラバマ州・ジョージア州・ミシシッピ州等とともに「アメリカ連合国」を形成し、南北戦争となります。結局南軍(連合国)は敗れ、1870年にテキサス州はアメリカ合衆国に再加盟します。
1901年頃からはテキサス州内に巨大な埋蔵量を誇る油田が次々発見され、著しい経済発展を遂げてゆくことになります。

テキサス州は、面積70万㎢(日本は約38万㎢)とアラスカ州に次いで2番目に広い州であり、現在の人口は約3000万人と、カリフォルニア州に次いで2番目に多い州となっています。
歴史上、メキシコとの関連が深いため、今も人口の約40%はヒスパニック系です。(白人も40%)

ローンスターが描かれたテキサス州の旗 出典:Wikipedia

かつてテキサス共和国という独立国であった自負が、テキサスの人々の自主独立性という気質に残っています。テキサス州の旗がLone Star(一つ星)であるのも独立国の名残であり、それがダラス・カウボーイズのヘルメットのマークとなっています。紺と赤の色の組み合わせは、ヒューストン・テキサンズのユニフォームに採用されています。
「Everything is Bigger in Texas」という言葉があり、テキサスの人々には「なんでもやたらデカいものを好む」という気風があります。

<テキサス大学の歴史>

2年半前に書いたコラムで、私は次のように述べて、「テキサス大よりもテキサスA&M大の方が、大学としては格上」と結論付けています。

テキサスA&M大は1876年創立、テキサス大は1881年創立ですので、A&Mの方が古いのです。学生数でもテキサスA&M大69000人、テキサス大オースティン校51000人とテキサスA&M大の方がずっと多いです。
A&Mはフォーブス誌の調査による全米大学学力ランキングで50位。全世界でも150~200位に入る、非常に学業レベルの高い学校です。(テキサス大オースティン校はフォーブス誌76位)

【清水利彦コラム】テキサスA&M大シリーズ第1回「私がテキサスA&M大を好きな3つの理由」 2021.11.04 | アメリカンフットボール三田会 (keio-unicorns.com) より

この記述は決して間違いではないのですが、今年の資料を見ますと、フォーブス誌の全米大学学力ランキングは、テキサス大31位・テキサスA&M大61位と逆転しています。いずれにせよ、両校とも全米で上位5%以内に入る超優秀な大学であり、常に両校が切磋琢磨していることは間違いありません。

1862年、南北戦争の際のテキサス州の模様。今から160年ほど前は、アメリカ合衆国はまだこのような未開の国でした。この戦争のわずか30年後にはテキサス大学フットボール部が設立されています。 出典:Wikipedia

1845年にテキサスがアメリカ合衆国の28番目の州となり、1858年には州議会で「州立大学を設立する」と定められ、現在キャンパスがあるオースティン市に用地が確保されました。ところがその後、南北戦争1861~67年があり、州財政がひっ迫したことが、テキサス大の創立が1881年にずれ込んだ原因のようです。

大学創立から12年後の1893年にはテキサス大フットボール部が設立されています。
当初から強豪チームであり続けましたが、テキサス大ロングホーンズの名声を一気に引き上げたのはなんと言ってもダレル・ロイヤルでしょう。
ダレル・ロイヤルは1957年にテキサス大コーチに就任しました。その前年の1勝9敗という絶不調から一気に6勝4敗1分と回復させ、その後20年にわたってテキサス大を率いて、167勝47敗5分 勝率.774 の好戦績を残しました。1963年には創部71年目で初の全米チャンピオンに輝き、計3回全米王座に着いています。テキサス大のコーチで全米王座を獲得したのは、ダレル・ロイヤルの他には2005年度のマック・ブラウンのみです。

ダレル・ロイヤルは宿敵オクラホマ大学の卒業生で、QB兼DBとしてオールアメリカンにも選出されています。オクラホマ大学伝説の名コーチ、バド・ウイルキンソンの指導を受けたことが彼のフットボール理論に大きく影響を与えました。ロイヤルは「選手のやる気を引き出すことが巧いコーチ」として知られ、彼が発した多くの名言は「ロイヤルイズム」と呼ばれて、現在も多くのチームで語り継がれています。
大学キャンパス内にある試合場メモリアル・スタジアムは収容人員100,119人で、全米で7番目に大きいスタジアムですが、現在は「ダレル・ロイヤル・メモリアル・スタジアム」と命名されています。

1964年、コットンボウルにおけるダレル・ロイヤル・コーチと選手達。当時テキサス大のヘルメットにはロングホーン(牛)のロゴと背番号の両方が描かれていました。
出典:College Football Book, Sports Illustrated

私のコラムの第2回(2020年3月)には、「敗北を味わった部員達に向けた、ダレル・ロイヤルの檄文」が掲載されています。故・後藤完夫先輩からその存在を教えていただいた感動のレターです。まだご覧になっていない方は是非目を通してください。

【清水利彦コラム】ダレル・ロイヤルが現役部員に送った檄文 2020.3.27 | アメリカンフットボール三田会 (keio-unicorns.com)

<ダレル・ロイヤル名言集>

「幸運とは、周到なる準備とチャンスが出会ったときに起こるものだ。
準備をしない人間には、永遠に幸運など訪れない。」

「『私は負けました』と認めない限り、
その人間は敗北したことにはならない。」

「ターンオーバーとは、ベッドシーツの中にあるクギのようなものだ。
いかなる犠牲を払ってでも、取り除かねばならないのだ。」

「フットボールによって人格を形成することは出来ないが、
悪い性格を叩き直すことは出来る。」

「フットボール・ファンの気持ちを引きつける唯一の方法は試合に勝つことだ。
負け試合を喜んでくれる人など、誰もいないのだ。」

「フットボール・コーチとは、勝っているときに皆が言うほど、賢くもなく、
負けているときに皆が言うほど、バカでもない。」

「周囲の人間から悪口を言われたら、そのことを感謝しろ。
『フットボールとは、怒りに満ちた人間だけが勝利できるスポーツ』
なのだから。」

(伝統とは何か、と質問されて)
「毎年毎年、輝かしい戦績を残し続ければ、
誰もが、また今年も好成績を収めるだろうと期待する。
それが、『伝統』なのだ。」

「今、君たちが優れたフットボール選手であるのは、
君たちの先輩が築き上げた、たくさんの勝利があるからだ。」

ダレル・ロイヤル テキサス大コーチ

次回は「オクラホマ州の歴史、オクラホマ大学の歴史」をご紹介します。

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